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「よろい」を置いてきたという談話に、はっとさせられたこと

2022.9.5.MON

昨年の秋より、広島市に本社を置く株式会社中国新聞社が、若者向け(35歳以下)への情報発信としてnote(ウェブサイト)に地域ニュースを公開していまして、いくつか読ませていただいているのですが、その中にフリーアナウンサーとして活躍する枡田絵理奈さんの、東京から広島への移住に関する談話が、個人的に非常に興味深いものでした(リンクを貼っておきます。フリーアナ枡田絵理奈さん(36)、移住8年「広島愛」の日々。リンクではなく直接探されたい方は、「note 中国新聞U35 移住8年 広島愛」で探してみてください)。談話の中で、東京での仕事をやりきったこと、移住した広島の自然や文化・人柄・お気に入りの場所のことなどを、インタビュー形式で掲載されてあり、題名の通り枡田さんの「広島愛」が伝わる、ほっこりとする内容になっております。以下は、noteの記事を読んで感じたことを手記のような形で書き記したものになります。興味のある方はご覧ください。

- よろいを置いてきた -


東京→広島の移住が今年で8年目とのこと。8年も経てば広島暮らしも板に付き、いろんな発見や感情が湧いてくるようでして、日々の生活の充実ぶりが伝わってきました。反対に、私自身は広島→東京約7年半と、枡田さんとは正反対の移住をしております。そういった真逆の自分のことを考えますと、(枡田さんと同じ感覚のように)東京は東京でいろんな発見があるなあと思うところです。特に暮らしの中で強く感じるのは、昼夜問わず人がたくさん歩いていること、お互いが干渉しないこと、人混みに遭遇したら急ぐのを諦めることなど、とにかく「人」がキーワードに挙がってくるところではないでしょうか。そのような中で多くの人とどうやって上手く付き合っていくか、そう考える時間が広島にいた頃より増えたような気がします。それが記事の中でおっしゃっている、東京の「よろい」なのかなあと思いました。

「よろい」という重々しい言葉ですが、それはまさしく自分の身を守るため。地方にはない人間同士の精神的・物理的距離感の近さからくるストレス・プレッシャーは、日々仕事と戦う東京の社会人にとっては、決して半端なものではありません。気づけば私自身も人間関係の中においてトライアンドエラーを繰り返しながら、東京の「よろい」を身に着けるようになりました。1つの失敗を経験して1ミリの「よろい」を纏う。まさにそのような日々の反復であり、7年半も経過すれば、この1ミリが繰り返された「よろい」も随分と分厚く、頑丈なものへと育ったように思うところであります。

そのこと自体、ここの暮らしに適応できたことへの証明とでもいいましょうか、誇りに感じている一節もあるかと思います。「課題を乗り越えた」、「失敗を経験して強くなった」、心の奥底にふつふつと湧き上がるこの感情は、ここで生きる自分への強い肯定感へと昇華していきます。

しかし、そうすると、昔は当たり前だったことを忘れてしまう、ということが増えてきました。何となくわかっていても、すぐに思い出せないことが出てくるようになりました。「よろい」をつけることで、「よろい」のない生身の自分の姿を忘れてしまう。「よろい」越しだとみれなくなってしまう、自分の体なのに。そのような感覚を覚えるようになりました。そして、そのことを自分の力で気づくのではなく、他者や外的な要因から客観的に知るようになる。自分自身を成長させ、大きな肯定感を生み出してくれたはずのこの「よろい」が、何とも形容し難い喪失感を、全身中へと流し込むような瞬間を目の当たりにし、私自身の中に経験したことの無い寂しさを感じるところでありました。

そして、新型コロナが発生したことで外出そのものが難しくなり、東京から出ることができなくなったのも、つい2年半くらい前のことです。今まで気軽に地方へ移動することで多少でも自分の「よろい」を客観視することができていたと思いますが、それも叶わなくなったことにより、忘れることがさらに増幅していくようになっていきます。どんどんと忘れていく。しかしそのことに抵抗することはできない。そのような事実に直面した時、何とも胸がつまる思いがしました。悲しいという気持ちを抑えることが難しくなりました。

これは、「よろい」を大事にしたい気持ちがある一方、「よろい」の存在に悩むという、とても複雑な感情。だからこそ、文中の「よろいを置いてきた」という言葉には、決断の潔さとどこか途方もない生々しさを覚え、はっとさせられました。一歩ずつ前進し東京の「よろい」を成長させてきた日々。しかし、その「よろい」を肯定し続けることだけが正解ではないのだろう。自分の努力を一旦停止し、拭い去り、別の道へと歩もうとする。「よろい」だって自分の財産であるわけだから、それを活かすという考えもありそうですが、その財産自体には執着せず、また一から努力できる自分自身を信じて前に進むことを決断する。言葉にするとすべてが綺麗に映るのですが、本人しかわからない、表には出ない感情がそこにはきっとあるはずで、そういった目に見えない部分を感じた時、拝読した私自身の気持ちが強く揺れ動いたように思います。

東京都港区お台場海浜公園の風景

東京都港区お台場海浜公園の風景

広島県廿日市市宮島の風景

広島県廿日市市宮島の風景

- 広島の暮らし -


お気に入りの場所も発見し、広島暮らしに感動しているとのこと。人間同士の精神的・物理的距離感の近さから解放され、きっと隙間が生まれてくるのだと思います。その隙間は、寂しさや悲しさ、不便さといった消極的で空白めいたようなものではなく、海や山などの自然やそこで獲れる地元の食材、空間の広々さであったり、東京にはない時間の流れ方であったりする、いわゆる「ゆとり」と呼ばれるものなのではないでしょうか。広島は市内など、都市でありながらも瀬戸内海や中国山地といった自然がすぐ近くにあり、牡蠣や穴子、あさりなどの海産物から、レモンやはっさく、日本酒など様々な食材がある街です。そのような中で人間同士だけでなく自然とも向き合いながら、自分自身とも向き合いながら暮らすことは、大きな意義のあることなのかもしれません。

しかしながら、地方にはそこで豊かに暮らすための、その街なりの、「よろい」があるのではないかと思います。東京で1歩ずつ成長させてきたことと同じように、広島で暮らすにも、トライアンドエラーを繰り返しながら前進するための努力はきっと不可欠であり、大切なことなのだと思います。ただ、広島のそれは、「よろい」という表現が本当に正しいのか、もしかすると似つかわしくない言い方なのかもしれません。もうすぐ東京に移住して8年目を迎えようとする自分自身には、適切な言葉がなかなか浮かんでこないところでありまして、そのこともまた、自分が纏う「よろい」の分厚さを物語っているように感じています。


text&illustration : takahasi kei


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