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WEBとどう付き合うか。悩んだお話

2020.12.31.THU


- 不特定多数が持つ曖昧さ -


「インターネットさえあれば、世界中のどこからもアクセス出来ます。しかもWEBなら24時間休むことなく毎日働いてくれます」。こんな言葉でうんうん、と頷いてWEBを持った人(2010年頃?)は少なくないと思います。当然、私もその意見の支持派(2013年頃)でありまして、心踊りイソイソと独学をし(2014年〜2017年)、自力で作り(2018年)、運用を開始(2019年)しました。よく言えば「夢を叶えた」し、充実感は凄い。けれど運用を始めて約2年の間に、WEBが放つ魅力に対して高揚感がすっかり無くなりました。

-なぜなのか?-

1つはっきりしている答えがあります。それはインターネットの世界には「迷惑メール」というものが存在すること。それは大変に多く、一向に無くなる気配がありません。呼び名が浸透している「迷惑メール」の他にも、WEBのフォーム(お問合せ画面)から来る「迷惑お問合せ」、最近多いのが携帯電話の番号をダイレクトに使って送ってくる「迷惑メッセージ」など、インターネットに繋がっていればあらゆる方法で「迷惑・・・」が可能であり悪用される時代になってしまいました。開いた先にあるリンクは偽物なのか本物なのか見分けもつかず、暗号化まで施され・・。10年前には予想もしなかったことばかりではないかと思います。

こんなことは「対面の世界」ではまず起きません。知っている方に似たようなことをすれば怒られるでしょうし、面識の無いの方だとトラブルに発展する。せいぜいチラシを配るポスティング程度が限界なのではないかと思います(そのポステイングも配布できる地域性の縛りがあるので、無下なチラシを送ると「あのお店?」というイメージ悪化へ繋がる危険がありますが)。お互いの顔を知っているからこそ気持ちの良い距離感を大切にしたいものですよね。「対面の世界」にはこの距離感という揺らぐことのない1本の線が存在し、相互にある種の緊張関係を生み出しているのでしょう。

言語も国も山も川も障害にならず、ただインターネットができるかどうか。WEBの対象は不特定多数であるからこそ冒頭の言葉に戻りますが、「対面の世界」では出来ないことを実現するのであり、「迷惑メール」はそれを負の側面から実施している節があります。誰よりも「インターネットっぽい」使い方に徹することで。大変悲しいことなのですが。

以上を踏まえて、司法書士とWEBの関係はどうでしょう。はっきり申しまして水と油の如く相性が悪いと思います。少し極端な表現になりますが、司法書士業務は0か100の世界です。「50まで出来たしもう十分だろう」なんてやっているとすぐに信用を失います。80も90も同様。できるかできないかであって浅くすることはありません。これは何も司法書士だけでなく、深くそして細部まで気を配る丁寧さが評価され信頼を勝ち取るといった連続さは、多くの職業に当てはまることではないかと思います。不特定多数から生まれる広さや浅さが全て悪いとは思いませんが、インターネットっぽさをどんどん追求していくと「迷惑メール」と同じ匂いがする曖昧で、「誰か1人でも」といった適当さに苛まれるのではないかと、最近強く感じたところでした。

不特定多数か対面か

不特定多数か対面か

- WEBを営業道具とみなす違和感 -


司法書士とWEBは相性が悪いと申しました。もう少し言葉を選びますと「実現できないことはないけど、時間も手間も結構かかるし、自分の生活のこと考えたら正直向かないよね」、そんなところです。向かないことに果たして自分自身の時間とお金をどれだけ費やすことが出来るのでしょうか。WEBやSNSを保有するとこの辛いジレンマに必ず陥りますし、また真正面から受け止める人はすごく少なくて、それはそうするとまたさらに時間と手間とお金を費やすからだと思います。士業全般のWEBが何となく営業っぽいイメージが強いのはここに起因しています。「司法書士のWEBって見づらいよね」、「会うと普通の方だけどWEBだと随分前のめりに見えるよ」これは本当によく聞く耳の痛い話なのですが、この終わりの無いジレンマが元になっていると私は捉えています。「真正面から受け止めない、受け止めることが出来ない。だけど手にする・発信することが当たり前の時代になっているし、24時間あらゆるところから見てもらえるメリットもある」。そこにあるのは、時間とお金を費やした分の何かしらの対価を得たいという、もはや損得勘定だけなのではないかと思います。

士業も余暇や遊びでWEBを持つ訳では無いので対価を意識するのは当然なのですが。しかし、どうもそちらが強くなり過ぎてしまっているのでしょう。これでは冒頭で述べました「迷惑メール」と基本構造があまり変わらなくなり、インターネットの負の側面を強く醸し出してしまいます。当初の目的は全然違えど、現状の四股を踏む土俵と褌は同じ。さながら「牙を抜いた良心性の高い迷惑メール」にすら見られてしまっても致し方がないのかもしれません。


- 伝えたいことを -


WEBは不特定多数を対象にしていると書いてきました。対面では出会うことの無かった方へと(浅いにしても)繋がることが出来るのでしたら、自分がどういう人なのか伝わるように今後も工夫して作っていきたいですし、仮にいざ対面となってもWEBで見た感じと変わりない印象を持ってもらえるように努力するのが、私が考えるWEBとの付き合い方だと今は捉えています。作りたての頃の高揚感は無くなったとしても、自分のそばにいて日々の記録を文字とイラストと写真が伝えてくれる。当時強く感動したことは忘れないよう、思うままに作り残しておく。感情に任せ過ぎると一貫性の無いものになってしまうかもしれない。でも、「時代や環境が変われば考え方は当然変化していくのだろう。今は損得勘定の世界にはしないこと。表現を楽しんでいきます」。所信表明ぽさを出したところで、この記事を2020年の締めくくりとしたいと思います。来年がとても素敵な年でありますように。有難うございました。

伝えたいことを

伝えたいことを

text&illustration : takahasi kei


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